Twitterについて

2016年06月29日 21:22

唐突ですが、私はいい歳してフリーターです。

20代前半、ふと、「あぁ、社会不適合者だわ…」って自覚しました。

“正社員”というカテゴリに属す勇気も、全うできる自信も、まったく無かった。

今も無い。

会社という集団に忠誠を誓って、心を捧げて、発展に尽くし、

自身に与えられた役目を全うするなんて、私にはとても出来ない。

心からそう思いました。

だって、無意識だけど、本当に協調性無いし、

集団の中の一つの歯車として上手に機能出来た事一度も無いし、

ヒエラルキーがあったって、所詮は皆、自分も含めて愚かな人間だと思っているし、

何より、精神性の統一、つまり、心を求められるなんて、一番大事なモノを差し出すなんて、

内臓抉られるみたいで私には怖くてできないって、全力で逃げてきました。

フリーターというカテゴリは、基本的には心まで要求されることが無いから。

求められるのは、時給に見合った働き。

フリーターを必要としてくれる企業がある事に感謝しています。

無かったら私きっと死ぬしかなかった。


そんなわけで、世間一般的には悪い意味で社会に執着が無いです。

常識からも完全にズレています。

いちいち感覚がズレています。

それ故、いろいろ思うところがあって、考え事は日々止まりません。

たぶん、だからこうしてフラフラ音楽活動したりして、

ずっと、自分がしっくりくるところを探ってるんだと思います。

つまり変わり者。

だから、やる事成す事だいたいが当たってるし障ってるみたいで、

Twitter上も含め、私が何気なく吐く言葉も、攻撃性が高かったり、

冷やかだったりするのかもしれません。


Twitterについて指摘がありました。

驚いたし、疑問にも感じました。

放つことが自由であるように、選び取る自由も、憶測する自由もあります。

流れる言葉に傷付いたり、傷付けたりすることは、もはや日常ではないでしょうか。

お互い様な世界だと思います。

こんな一庶民の発言をアレコレ憶測しても不毛だと思うのです。

どうしても憶測しちゃって傷付いたり、やきもきしたりしちゃう!なら、

見ないという選択肢があるかと思います。


「○○さんがムカつく」とか、

あまりに具体的で攻撃性の高い発言はいかがなものかと思うのは確かですが、

淡々と続く日常に息を詰まらせて、人に話すほどではないけど、たまらず吐き出す人、

日々の考え事を、人に話すほどではないけど、たまらず吐き出す人も山ほど居ます。

悪い事じゃないと思います。

日常ってそんなもんだと思います。淡々として、ときに息が詰まるんだと思います。

毎日楽しかったら、たぶんそれちょっと危ない状態かもしれない。

どんな感情も断続的に続いたら脳にとってはストレスとなります。

だから、日常は淡々としているのが自然であり、

脳がそう仕向ける必要があって、「淡々としている」と気持ちに作用するんだと思います。

慣れってやつ。


慣れの中でも、心は動きます。

人によって、マイナスに寄っていく傾向があったり、

プラスに寄っていく傾向があるかと思いますが、

プラスに寄っていく人の発言については“リア充”とか“無神経”とか言って叩かれます。

マイナスに寄っていく人の発言については、受け取り手がいらん憶測をして、

憶測で周りの人間との話題に持ち出して、結果、勝手に傷付いたりして波紋を広げます。

どちらも、ただただ流しておけばなんでもない事なのに、

目につく情報を手当たり次第触ったが故の出来事。

自ら事故に遭いに行っているようなものです。


それでも、Twitterが手放せない、憶測したい!って人がきっと多いから、

“炎上”とかするんでしょうね。

私の場合、幸い、触れたい情報・そうでない情報を選ぶこともできるし、

誰かの発言について憶測するという行為に興味も無いので、

活動について呟くために活用できていますが、

受け取り手がそうでない方も居て、さらに自分がマイナス思考寄りの人間で、

憶測しがちな方のツボに入っちゃう発言が多いみたいなので、


「主に活動の事を呟いています。誰に話すでもない日々の考え事や、日常に息が詰まったときに、

たまらず吐き出すこともあります。

傍から見たら、コレって…と憶測したくなるような発言も中にはあるのかもしれませんが、

あなたにとって意味のある発言はありません。」


と言っておきます。

さらに、


「マイナス思考で考え込むタイプです。そういう人間が嫌いな人は、

私のTwitter見ない方が精神衛生上良いかと思います。」


という提案もしておきます。


様々な考え方の人間が居るし、どれもこれも否定も肯定もしない。

ただ、“そういう人も居る”と認め合えたら十分じゃないかなと思っています。

こんな感じだから、私はいい歳になっても社会に上手く入っていけないみたいです。

私は個性的ですってアピールしてるんじゃなくて、

どちらかというと、

苦しくってたまらないけど、これが本当に自分なんです。っていうカミングアウト的な話。


優しさや器の大きな人間性は、憧れます。

カタチを真似することは、結構みんなできるんだと思います。

見せ方がうまい人は、そういう風に見えるように振舞えたりもします。

だけど、変なとこ敏感な私は、そういうの「嘘だ」って見抜けちゃうので、

日々、いちいち傷付いています。人間社会に嫌気もさしています。

でも人間だから仕方ないって、諦めてもいます。

これは誰が悪いんでも無い、だから誰に対してどうこうっていう感情も無い。

ただ、嘘じゃない優しさや器の大きさに、いつか自分は辿り着きたいなって、

心から思ってます。難しいことくらい知ってます。

今の私は、嘘も上手く吐けないし、優しくしようとしても自分の弱さが露呈するばかりだし、

弱さがダダ漏れ故につけ込まれそうになって、咄嗟に攻撃姿勢に入っちゃったり、

振れ幅が大きくて、日々、ぶんぶん振れちゃってるから、

うまくいかない事が何かと多いです。

それでも、仕方ないから、「嘘は言わないけどできるだけ傷付けない」

っていうスタンスを上手にとれるように、あれこれ指摘されながら生きていこうと思っています。


そういう奴のTwitterなんで。

って話でした。